今日はラジオ100歳の誕生日だそうです。日本のラジオ放送開始から2025年3月22日で100周年。その長い歴史の中で私とラジオの接点は、ほんのここ数年のこと。
朝から晩までテレビが付いている茶の間で育ったこともありテレビは昔から好きでしたが、ラジオには触れる機会がほとんどないまま大人になっていたのでした。ラジオがなくても特段生活に不自由しなかったので存在すら意識することがありませんでした。
社会人になって広告の仕事をするようになってからは、広告媒体の一つとして商品知識程度の認識はしていましたが、自分の生活に入り込んでくることはありませんでした。
ラジオとの距離が急激に縮まったのは酪農を始めてから。牧場施設を引き継いだ私たち。先代もラジオが好きだったのでしょう。牛舎の天井には几帳面に一定の間隔でスピーカーが設置されており、搾乳中も絶えずラジオ放送が流れる仕様になっていました。
確かに屋外で黙々と農作業をしていると耳から情報を入れたくなります。はじめはBGM程度に聞き流していたのですが、よく聴いてみるとパーソナリティの話が面白い。著名なタレントやお笑い芸人の番組から入門し、情報番組、スポーツ、音楽と様々聴くようになっていました。
イヤホンで耳を塞ぐとまわりの音が聞こえず危険なので、首にかけるタイプのワイヤレススピーカーを買い、肩の上にラジオを乗せて仕事をしています。今となっては私の生活に欠かせない存在で、趣味の記入欄があると「ラジオ」と書くほどになりました。
何が好きなのでしょうか。
ラジオの魅力の一つは、映像が見えないこと。テレビの場合は視覚を働かせて、映像の中の華やかな異世界を遠い場所から見ているという感覚です。一方ラジオには映像がないことで、パーソナリティとリスナーが同じ空間に存在しているような不思議な感覚になります。まるで会話の輪に自分も加わっているかのように距離が近く感じるのです。
実際に番組宛てにメールを送り、自分の文章を読んでもらえた経験も何度かあります。本当に会話に加わることができた!という満足感が、私の中でラジオを「趣味」と謳うまでに立場を押上げました。
またラジオを通した突然の出会いも大きな魅力の一つです。ふいに耳元に流れてきた言葉や音楽に感情を揺さぶられたり、頭の中でたまたま考えていたことと偶然に化学反応を起こして新たな気づきを得たりと、予期せぬ出会いがあるのです。
誰かが番組宛てに送ったメールの文章だったり、誰かのリクエスト曲だったりに勇気をもらって、ああ同じことを考えている人が世の中にいるんだなあと。一人じゃないなと思える瞬間がたまらないのです。
オールドメディアとも呼ばれるラジオですが、この先も私の生活には欠かせない媒体です。100歳の誕生日おめでとうございます。
