毒自性のある文章

こうしてたくさん文章を書いていると独自性が足りないなと思うことがあります。ふと気を抜くと、どこかで読んだことがある文章、どこかで聞いたことがある言葉が並んでしまうのです。

それって本当に自分の言葉なのかな、誰かの言葉を借りているだけなのかな、と思うことも少なくありません。しかしそう感じるのはある意味で当たり前のこと。人を造るのは経験の蓄積です。誰かの言葉を吸収して、自分の中で消化して自分の血肉になっています。

私らしさとは何でしょうか。自分らしい文章とはどのような言葉を並べることでしょうか。腹の底から湧き上がってくる独自性のある文章とはどのように書けばよいのでしょうか。

過去のブログや作文帳。ノートや報告書。これまで書いた文章を振り返ってみると、自分自身で読んでいて面白いと感じる文章には共通点があります。

それは整いすぎておらず、美しすぎない文章。かといって感情丸出しでもなく、品性を失うわけでもなく、それでいて腹の底が少し見え隠れするくらいの、ピリッと舌の先に「毒」が効いた文章。どこかすさんでいたり、皮肉が混じっていたりした方が面白い。それを私は「毒自性」と呼びます。

毒自性のある文章は、書こうと思うと書けませんが、少し疲れているくらいの時に机に向かうと丁度いい具合に毒が回ってきます。これが癖になるのです。

書き手の緊張は読み手にも伝わり、緊張感は伝染します。気張らずに書けばリラックスして読んでもらえます。リラックスして読んでもらえた方が、きっと面白いのだと思います。

ピリッと舌の先に「毒」が効いた文章が面白い。