「書くためのサイト」
紙の余白に走り書きしたそのフレーズが、本サイト立ち上げのきっかけでした。
多種多様なコンテンツに溢れた時代だからこそ、血の通った文章を書きたい。そんな私の「書きたい衝動」を受け止めてくれる場所。文章が主役のサイトを自分の手でつくりたいと思ったのです。
一貫したのは簡素であること。故に、豊かであること。
しあわせな瞬間、暮らしの気づき、好きな本のこと、お気に入りのもの。自分の身のまわりの物事すべてを、感じるだけではなく手を動かして、書きたい。
新雪に足跡を残すように、真っ白なページに文字を落とす。文字は連なって言葉となり、やがて心の余白を満たしていく。
そんなサイトに育てていきたいと思います。
余白とは誰かの未来を想いやること
私が印刷会社に入社した頃、研修でまず教わったのが「余白の大切さ」でした。印刷物には必ず余白をつくります。印刷される部分の外側に、印刷機が紙を送るためのスペースを残したり、「断ち落とし」という工程で印刷物を断裁する位置などを指示したりします。次の人が仕事をしやすいように未来に余白を残すのです。
私が所属した企画部は、印刷物などの広告にストーリーをつくることが主な仕事。お客様の課題解決のために広告全体の企画立案を行い、制作物のアイデアを社内のデザイナーへ伝えることが役割でした。
企画の仕事で誰もがまず陥る失敗は「企画を作り込みすぎる」ということです。特に仕事を覚えたての頃は、自分の企画が広告物として形になるのが嬉しくて、完璧な指示をデザイナーに押し付けようとします。「僕が考えた企画をこの通りデザインして下さい!」と。
そのようにしてできあがった広告デザインは、確かに自分が指示した通りなのですが、自分の小さな頭で考えたイメージを決して超えることはなく、味気のない仕上がりとなります。そこにデザイナーの技術や、お客様の情熱が入る余白が一切ないからです。
失敗を重ね経験を積むと、企画に余白をつくれるようになります。企画とはアウトラインであり、ストーリーづくり。それ以上のことはあえて余白として残し、自分の手から離す。デザイナーやお客様がその余白を補完して、広告物はより完成度の高い媒体へと自ら成長するのです。
余白とは、自分以外の誰かの未来を想像すること。そのことを肝に銘じてからは仕事がうまくいくようになりました。
私は文章を書く時にも完璧なものを書こうとするのではなく、誰かの未来を想像しながら、そっと余白を残すように心がけています。読む人が各々の受け取り方で、その時の感情を加えて完成する。不完全こそが心地よい文章なのだと思います。
余白のもうひとつの意味
私は紙の余白に文字を書き込むのが好きです。堅い書面を前にしたときとは違い、ペンを持つ手に力みがありません。格好をつけずに自分の言葉がすっと紙に滑り出します。
【告白】【独白】【自白】などという言葉からもわかるように、「白」という漢字には「うちあける」という意味があります。内なる思いを言葉という道具を使って相手に伝えるという行為です。
私はこのサイトとは別に、自身の牧場ホームページ上で「搾りたて日記」というブログを公開しています。牧場で起こった出来事を中心に、生産現場のリアルを伝えるという目的で情報発信しているのですが、より多くの読者が面白い!と感じる記事構成や、酪農に興味関心を抱いてもらうための写真の使い方など、信念を持って細部にこだわり「一記事入魂」の情熱を振るっています。
しかし皮肉なことに、時にそのこだわりこそが「書くこと」に対する雑念となり、ペンを持つ手に力が入るあまり、本当に書きたかったことが書けなかったな…。ということが実は少なくないのです。
紙の余白に書き込むように肩の力を抜いて、書くことを愉しみたい。牧場のブログに書ききれなかった「余談」を「独白」する場所として。こぼればなしを打ち明ける場所として―
「余+白」
それが、このサイトのコンセプトであり信念です。
2025年3月
雪の放牧地を望む書斎から


