門出のセーラー万年筆

私は万年筆が好きで、現在は20本ほど所持しています。そのコレクションの中で、初めて購入した万年筆が「セーラーカーボファインII」です。

大学を卒業し、社会人になる自分自身の門出に何か記念になるものが欲しくなり、初めての万年筆を買うことにしました。広告の企画職に採用された私は、紙に向かう仕事を自分のものにしてやるんだという決意を込めて、その象徴である相棒役に相応しいペンを探すことにしました。

それまでも日常の記録としてノートを書くことが好きだった私ですが、万年筆を握ったことはありませんでした。当初なんとなく抱いていたイメージでは、万年筆は実際に書くものではなく大切に飾っておく装飾品だと思っていました。

故郷の東京青梅を離れ、北海道の会社に就職をする。

学生時代の北海道での一人暮らしは仮の生活であり、一時的に故郷を離れているだけと考えていました。これからの自分の選択次第ではいつでも実家に帰れるし、大したことではないなと。

しかし北海道で就職するとなると当時の私には事の重大さが違いました。故郷を離れるということを初めて意識た瞬間でした。覚悟を持って実家を後にしました。

旅立ちの空港で、ペンブティックを見つけ、初々しい気持ちで店に入りました。ショーケースに入った高級万年筆が一本一本、壁一面に展示してあります。なんて美しいのだろう。

見るからに重厚なペン、きらびやかなペン、スマートなペン、カジュアルなペン、どの万年筆もそれぞれに個性があるんだなあと見惚れていると店員さんに声をかけられました。初めての万年筆を探しに来たことを告げると、予備知識のない私にその店員さんは色々と教えてくれました。

そして会話をする中で、私に合うペンを数本ショーケースから出し、試し書きを促されました。その中でたまたま最初に選んだ万年筆がセーラーカーボファインIIでした。見た目は正直、他の万年筆に比べて地味だなと感じましたが、手に取ってみるとずっしりと高級感がある。

試し書きと言われても、用意された紙もそれなりに高級感があるし、本屋のステーショナリーコーナーで伝票の裏紙に走り書きする試し書きとは異なる体験です。(店員さんも見ているし)何を書けば良いのか。

とっさに私は頭に浮かんだ「飛行機」という字を弱々しく走らせました。ところがペン先からするすると流れるように紙に移動していくインクの滑らかさに感激したあの瞬間を、今でも鮮明に覚えています。それは衝撃体験でした。装飾品だと思っていた万年筆は実用的な筆記具だったのです。

他にも数本試し書きをしましたが、私は初めて書いたこの万年筆の感覚が忘れられず、最初に手に取ったセーラーカーボファインIIを、私の最初の万年筆にすることに決めました。

セーラーは国産の万年筆メーカー。このカーボファインIIは、テニスメーカーのヨネックスとのコラボ開発で、ペン軸の素材にテニスラケットでも使用されるカーボンを採用しているモデルです。

「カーボンは軽くて丈夫なので、飛行機の機体にも使用されているんですよ」と店員さん。私の境遇を察して万年筆にストーリーを添えてくれた店員さん。心細そうに紙に残されていた「飛行機」の文字が、少しだけ誇らしく見えました。

あれから社会人になって、どれだけの仕事をこのセーラーカーボファインIIとともに乗り越えてきたでしょうか。今でも日常的にアイデア出しをする時はこの相棒を頼ります。新しく文字を綴る度に、あの時の試し書きの体験と、故郷を離れ大人になる日の覚悟が思い出されるのです。

人生で一本しかない最初の万年筆が、この一本でよかったと心から思います。