読み手の責任

悪文。そうは言っても必ずしも書き手の責任だけとは限りません。読み手の責任もあると思います。何を読んでも面白くないという感想はあり得ません。

同じ本、同じ文章を繰り返し読んでも面白いと感じる時とつまらないと感じるときの二通りがあります。つまらないと感じる時は、読み手である私たちの心が開いていない時です。

現代に生きる私たちは何に対しても否定する癖がついています。それは無意識の拒絶。情報が複雑で多すぎてアレルギー反応を起こしているのです。

心を閉ざしてしまうのも無理はありません。取捨選択する暇もなく新しい情報が日常的に飛び込んできます。そこに100%反応していると自分を失い疲弊してしまいます。否定的になってしまうのはある種の自己防衛本能なのかもしれません。

自分が何を読んでもつまらないと感じることは、アレルギー反応に気づくサインです。物事に対して否定的になっていると感じたら、頭の中のスポンジが飽和状態になっているシグナルです。これ以上は何も吸収できません。情報を断ち、風に吹かれて乾燥させてあげましょう。

コンディションが回復すれば再び柔軟に吸収できます。読み手の才能は無限大です。駄文でさえ名文に変えるのが読み手の感性です。自分をメンテナンスすることでコンディションを良好に保ち、すべてを名著にできる感性を持ち合わせることが読み手の責任です。

何を読んでも面白くないという感想はあり得ないのです。

心を開いて読めば面白い。心を閉ざして読めばつまらない。